あしたのジョー - ちばてつや/梶原 一騎


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言わずと知れた名作。初めて読んだが最初の方、全然ボクシングしなくて草生えた。てゆーか力石ラスボスじゃなかったのか…。主人公のジョーが想像の何倍もどうしようもないクズで驚いた。力石との宿命の一戦にグローブに石忍ばせてたのはマジでビビった。マジで主人公にあるまじき行いの数々。ギリギリのところで主人公してる奇妙なバランスの持ち主。漫画の主人公に親はいらないという主張を聞いたことがあるが、ジョーはその代表のような存在で孤高であり孤独。鑑別所で精神科の医者にジョーの心は乾ききった荒野で草一本生えてないって言われるが、ほんまその通りで他人を全く信用してない。しかし読み進めていくとそんなジョーでも他人を求めているんだと言う事が分かってくる。昔の漫画やと思って油断してたらあかん。この漫画に出てくるキャラクターは人間に対する鋭い批評性が隠されてる。

特に少年院で白木葉子が慰問に来るシーンは凄い。白木葉子の欺瞞に満ちた仮面の下に隠れる残虐性を野生の勘で見事に看破するジョー。ちばてつや特有のロングショットを用いた構図。囚人たちに取り囲まれてより一層ジョーの孤独が深まる。全てに痺れた。このシーンはジョーの人生観を表すのに象徴的だ。

そのすぐ後の丹下段平がまじで酷い。この場にいる誰が見てもジョーは悪役やし、少年院でさえ孤立し全員敵に回すような社会不適合者のジョーに対し一応の保護者としてなんのお咎めもなく、ジョーに力石を倒す為の力だけを与えてしまう。こいつ道徳心とかマジで全くないんやなって…笑。

正直、序盤は肝心のボクシングが面白くなかったんやけど力石死んでからが面白くなる。そっからまた落ちてドサ回りしてから復活したジョーは読む前のイメージ通りの虚空を眺める系のニヒルな男になっていた。やんちゃなジョーが壊れていく姿が克明に描かれているのはこの漫画の見所の1つだろう(るろ剣の剣心が壊れるとこもこれリスペクトやと思われる)。

そっから周りとも距離が出来て紀ちゃんとの決別なんかは切なかったな。特に一緒に頑張ってきた丹下段平と歩調がズレていくのが見ていて辛かった。てゆーかジョーが天才過ぎて常におっちゃんの先を行ってるので仕方ないが…。セコンド不要。いつも自問自答し結果的にそれで勝ってしまうからジョーはどこまで行っても孤独だ。ジョーにあるのはリングに残された戦友との友情のみ。その為にジョーはリングに縋り付く…。

あしたのジョーとは手の込んだ手段でジョーが自殺する漫画だ。こっちが気持ちいい簡単に勝てる勝負は全部飛ばして、凄惨な試合だけを見せる。正直ジョーもフェザー級に転校して力石と力一杯戦えばいいし、紀ちゃんにも葉子にも手を出して甘酸っぱい青春を満喫したらいい。しかしそれをせず全てをボクシングにかけるその執念…それはひとえに男の意地…男の美学を守る為の闘いと言える。

その執念は東洋チャンピオン金竜飛戦で極まる。金は朝鮮戦争時、母を失い食糧のため父を自らの手にかけてしまうという過去を持つボクサー。そんな彼にとってボクシングはままごとに過ぎない。今まで精神論でやってきたジョーにとってその重すぎる過去は重くのしかかり精神的敗北感を覚える。しかしそれを凌ぐほど精神論を持ち出し金を破る。…最早何と戦っているのか分からない。同時に画力もここらで極まってくる。画面を目一杯使ったしなやかな動き。それはジョーの狂った表情も呼応して狂気的な一面を強調すると共に奇妙な印象さえ読者に与える。ジョーがパンチドランカーに蝕まれていく様が絵でもっても分かるようになっている。

そこから更にラストへ向かって痛々しさが加速する。それと相反するように強さと人間性の両方を兼ね備えたラスボス、ホセ・メンドーサ。ホセにしたら東の果てから来たキチガイボクサーにストーカーまがいに付きまとわれてさぞ気持ち悪かっただろう…。もうここまで来ると完全に悪役なんだよなぁ。この辺りからジョーは読者さえ突き放し孤独に染まっていく。もし力石がジョーと逆の立場だったらここまでやれてると思わない(日本チャンピオンになった辺りで早々に葉子と結婚してたやろなぁ…)。つまりジョーは元からイカれてるんだよなぁ。もう最終戦とか始まる前から目イッてる…。ジョーは男の生き様を貫き通し最後はリングで死を迎えるがこれが自分には好意的には受け容れられない。周りに迷惑かけ過ぎだろと。後半ずーっと無視されてるおっちゃんが可哀想だし、最後の最後でデレた葉子ちゃんも可哀想。ホセも多分あれで引退だろうな…。とにかくジョーと関わった人間は全員と言っていいほど不幸になってる。お前はいいかもしれんけど…て思ってしまうな。これが社会不適合者の末路って考えると物凄く後味が悪い。

勿論名作であることは間違いないし、こういう人間がいてもいいと思うけど…人間の生き方として極北。ボクシング漫画の原点にして頂点というかそういうの超越してヤバい作品だと思う。一度は読んだ方がいい。二度は読みたくない。テンプル(こめかみ)にコークスクリューパンチは危険。